介護職の転職について、私はこう考える。
あの日、私は泣きながらロッカールームのドアを閉めた。
背中を向けたまま、誰にも見られないようにして泣いた。悔しさ、情けなさ、そして、もう限界だと思う心が入り混じっていた。何年も介護の現場に立ってきて、自分は強くなったと思っていたのに、たった一言の陰口に、こんなにも傷つくとは思わなかった。
介護職に就いてから、これで四つ目の職場だった。
最初の職場は、特別養護老人ホーム。右も左もわからず、覚えることに必死だったけれど、職員の皆さんが丁寧に教えてくれて、毎日が充実していた。でも、一年半が過ぎた頃、新しいリーダーが赴任してきて、現場の雰囲気ががらりと変わった。
口調は厳しく、失敗には容赦なく声を荒げる。誰も逆らえず、空気がピリピリするようになった。私はいつしか、出勤前に胃が痛むようになっていた。
「今のままではダメになる」
そう思って、最初の転職をした。
情報収集は念入りにした。ネットの口コミ、ハローワーク、知人からの評判、できることは全部やった。
次の職場は、デイサービス。雰囲気もよく、明るい職員が多かった。でも――数ヶ月経つと、笑顔の裏にある壁のようなものが見えてきた。
リーダー格のベテラン女性職員が、あからさまに私にだけ指導のトーンがきつくなっていった。自分で勝手にルールを決めて、私がそれに気づかず違うやり方をすると、「そんなことも知らないの?」と鼻で笑う。
誰にも相談できず、帰り道で涙が出た。人間関係は、入ってみないとわからない――まさにその通りだった。
三つ目の職場でも、同じように最初は好感触だった。小規模多機能型施設で、利用者との距離が近く、名前もすぐに覚えてもらえた。「○○さんが来ると安心するよ」と言われるのがうれしかった。でも、人手不足の影響で、夜勤明けでもそのまま日勤に入るような日が増え、職員同士がギスギスしていった。
「私はやってるのに、あの人は休んでばっかり」
「何で私ばっかり掃除してるの?」
些細な不満が、影の声として飛び交う。
私もつい、口にしてしまったことがあった。「またこの人、今日も来てないの?」と。
その瞬間から、空気が変わった。誰かを批判した自分の声が、まるで鏡のように跳ね返ってきた。
私はまた悩んだ。「また転職?」「自分に問題があるのではないか?」
それでも辞めようと決意した理由は、自分を守るためだった。誰かの悪口を言うような自分になりたくなかった。
そして四つ目の今の職場に来た。
そこも、完璧な場所ではなかった。施設長がやや独断的で、制度変更も多かった。でも、一つだけ違ったのは、「話を聞いてくれる人」がいたこと。
年齢も近く、考え方が柔軟な先輩がいて、初日から「何かあったら、すぐ言ってね」と言ってくれた。その言葉だけで、随分と救われた。
ある日、私がミスをしたことがあった。おむつ交換のタイミングを他の人と勘違いしてしまい、記録にずれが出た。緊張しながら報告したら、その先輩は笑ってこう言ってくれた。
「その報告をすぐにしてくれたのが一番大事。ありがとう。」
そのとき、私はようやく気づいた。
人間関係のすべてが“周囲の性格”ではなく、“自分の関わり方”にもよるということ。過去の私は、萎縮し、我慢して、最後に爆発して逃げていた。けれど、今は「話す」「聞く」「感謝する」――それを少しずつ実践するようにしてから、周囲の態度も変わってきたように感じる。
転職前に情報を集めることはとても大事だ。給与、福利厚生、勤務形態、施設の種類、理念、口コミ。調べれば調べるほど、自分の「理想」と「現実」のギャップが小さくなっていく。でも、どんなに情報を集めても、「人間関係の相性」だけは、実際に働いてみないとわからない。
だからこそ、私はこう思う。
大切なのは「入った後の自分の向き合い方」だと。
完全な職場はない。誰しも不満を持ちながら働いている。けれど、その不満に飲み込まれるのか、それとも自分から関係を築いていくのかで、見える景色は変わってくる。
今の私は、ようやく「この場所で続けていきたい」と思えている。
利用者の笑顔も、同僚の言葉も、自分の存在が少しでも誰かの力になっていると感じられる毎日。転職を繰り返して、ようやくここに辿り着いた。
あの日、泣いてロッカーに閉じこもった私へ。
あなたが歩いてきた道は、決して無駄ではなかったよ。